蛍と神風

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あれは昭和20年の6月初旬の頃、紫陽花の花が美しい季節でした。 「母さん、いよいよ出撃命令が出ました」 日頃おとなしくて、口数も少ない、本当に目立たない青年、宮川三郎軍曹は少し緊張気味に、富屋食堂の主人“鳥浜トメ”に報告しました。    トメは一言 「そうですか」 と答えただけでした。 それを聞いた食堂に居合わせた数十名の特攻隊員は口々に 「オメデトウ、オメデトウ」 と叫んだのでした。 しかし、トメにはどうしても 「オメデトウ」 が言えませんでした。 毎日のように、出撃命令を受けた若人が知覧を飛び立っていき、誰一人としてトメの前に帰ってきた青年はいなかったからです。 いつしか、皆は“同期の桜”を声高らかにうたい始めました。 「貴様と俺とは同期の桜、同じ知覧の庭に咲く、咲いた花なら散るのは覚悟、見事散りましょ国のため」         宮川隊員を兄のように慕っていた18歳の少年飛行兵は突然立ちあがり、 「先輩、本当にお世話になりました。せめてもの恩返しに、万歳三唱をさせてください」 と大きな声で言いました。涙をぐっとこらえているらしく、手は小刻みに震えていました。 誰も反対する人もなく、彼の音頭で万歳三唱を終えました。 母さんに作ってもらったご馳走を平らげました。 これが最後の晩餐でした。
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