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「すまない、独り善がりな思いで引き止めてしまって」
初老のマスターは苦笑しながら僕等に謝っている。
「いえ、何だか嬉しいです。なぁ?」
僕は本音で応え、妻に賛同を求めた。
妻はハンカチで涙を拭いながら無理に笑顔を見せ、小刻みに相槌を打っている。
「そうかい?それはよかった」
初老のマスターは満面の笑みを浮かべた。
僕等はその後、僕等の馴れ初めや旅行での出来事、マスターの身の上話などに花を咲かせ、鹿児島の偉人にまつわる逸話や、案内を受け、再訪を固く約束すると、礼を言い、店を後にする事にした。
外はまだ蒸し暑かったが、多少風が吹いており、肌に気持ちいい。
休日の天文館通り、人もまばらになってきている。
「ねぇ、さっきの川、通って帰りましょ」
妻は僕の手を引いている。
「行かないって言っても行くだろ?」
僕は冗談混じりの皮肉を言った。
「はい、そのとおり」
僕等は来た道を引き返し、川辺の遊歩道へ向って歩き出した。
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