蛍と神風

8/29
前へ
/29ページ
次へ
「では、頂きます」 僕等はカクテルグラスをつまみ、雪国をゆっくりと口に運んだ。 砂糖が口の中で溶け、ホワイトキュラソーとライム果汁によって甘味に変化が生まれる。 喉元を通り過ぎるあたりで感じるウォッカの酒精。 「おいしいです」 妻は満面に笑みを浮かべて初老のマスターを賞賛した。 「ああ、ありがとう」 初老のマスターはスニフターグラスにブランデーを注ぎながら笑顔で答え、カウンターを出ると、僕等の隣の席に腰を下ろした。 暫く沈黙が続き、僕は妻とマスターに挟まれて、言いようのない緊張感に見舞われ、冷や汗をハンカチで拭った。 妻は素知らぬ顔でカクテルグラスを片手に店内を見回している・・・この人は何も感じないのか・・・ 「あなた達は新婚さんなのかな?」 沈黙を破るようにして初老のマスターが僕等の顔を交互に眺めながら尋ねてきた。 「ええ、そうなんです!わかります?」 妻はそこには興味を示したようで、急にマスターに向って笑顔で答えた。 「ああ、何となく、雰囲気でね。それと指輪をきちんと2本しているから」 初老のマスターは僕等の左手の薬指を交互に眺めて笑顔を見せた。 「ああ・・・そうですよね、確かに」 妻は自分の指輪を眺めながら嬉しそうにしている。 妻が照れている・・・このマスター・・・出来る。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加