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「この孤児はこう申すが若者よ、申し開きはあるか?」
「恐れながら裁判官」
不遜な笑みを浮かべた若者は、事も無げに肩をすくめた。
「そいつの言葉は真っ赤な嘘です。私の友数余人が証人です。往来でちょっと体がぶつかっただけで突っかってきた男とその連れを、少しばかりこらしめてやっただけでして」
「嘘をつくな!」
飛びかかろうとした浅黒い肌の子供は、脇に控えた守衛に打ち据えられた。万力のような力でギリギリと腕を締め付けられ、悲鳴をあげまいと食い縛った歯の間から呻き声が漏れる。
「静粛に」
聴衆のざわめきを遮るように、裁判官の冷徹な声が朗々と響いた。
「流浪の孤児が言う少女とやらは今だ行方が知れぬ。死体は物を言わぬ。対してこの善良な若者のもとには、証人台に登りたいと手をあげる仲間が後を絶たぬ。これ以上裁判を続けるには、私は忙しすぎる。よって旅の男は自業自得、若者は無罪放免とする」
孤児は冷たい石畳に涙を流した。腕の痛みよりも、地面に這いつくばる惨めさよりも、己の無力が辛かった。
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