冬日の魔女と、ある孤児の話

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「どうか考え直してください」 「黙れ下郎が。お前のような者が何の咎めもなく放り出されるだけでも僥倖なのだ。その身に余る幸運に感謝して、何処へなりとも消えるがよい」 「私はどうなっても構いません!父の汚名をそそぐ機会をください」 「しつこい奴め、今すぐ縛り首にしてやってもいいものを。だがしかし……」 暫しの沈黙の後、裁判官は懐をまさぐると、取り出した無骨な短刀を投げてよこした。煩く囃し立てる聴衆の視線を受けて、灰色のそれは鈍く輝いたようだった。 「ここより北に一月ほど歩いた地に、何者も踏みいる事の叶わぬ呪われた森があると言う。冬でも辺りを覆う不気味な茨を越えた先には、世にも恐ろしい魔女が隠れ住むと聞いた。もし貴様が誠の善人であることを証明し、父の無念を晴らしたいと言うならば、件の魔女を探しだし、その心臓を差し出すのだ」 「そうすれば、私のことを信じてくださいますか」 「悪の権化たる魔女の心臓をとってきたとあれば、正義の執行者である私も話を聞かぬわけにはいくまい。二月やろう。わかったら、即刻立ち去れ。証を持って帰るのだ。早く行け」 魔女と聞いて戦く聴衆をよそに、孤児は暫し返答を迷った。 彼は今まで、どんな些細な悪事の一つも働いたことはなかった。心根の優しい子だ。ましてや人を殺して心臓をえぐり出すなど、どうしてできよう。 「どうした。怖じ気付いたか」 孤児は役人の卑下するような顔を見返した。 怖くなどない。父のためなら怖くなどない。この命に代えても、必ず魔女を見つけ、仕留めてみせる。 そうだ。相手は魔女だ。その心の臓さえあれば、自分の言葉を信じてもらえる。迷うことはない。今こそ己の手で正義を全うする時だ。 「必ず。必ず持って参ります」 「約束したぞ。なに、二月たって帰らずとも、なにも変わらぬ。お前とお前の連れの不名誉は、万事皆が知っておるのだからな」 足蹴にされ、後ろ指を指されながら、痩せっぽっちの孤児は立ち上がった。父の無実を証明するために。正義の在処を探すために。
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