冬日の魔女と、ある孤児の話

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「死にたいとばかり思っていたのに、こんなに長く生きてしまいました」 開けた草地の中央に腰をおろし、魔女は月を見上げていた。遥か遠い春に咲いた花々が、一陣の風に吹かれて揺れる。 「だから冬日の魔女……」 「冬日の魔女?」 「ここを探している時、蛇が貴女のことをそう呼ぶのを聞いたのです。厳しい冬に匿う場所を与えてくれるあなたは、動物たちにとって枯れ野を照らす冬日のようだったのではないでしょうか」 孤児の腕の中で、肯定するように小鳥が鳴く。 魔女は静かに考えているようだった。 「私の心臓が必要なのでしたね」 「いいえ、もうよいのです。自分のために他の誰かが犠牲になるなど、父は許さなかったでしょう。そんな簡単なことも私は忘れていた。それを思い出せただけでよいのです」 魔女は孤児の瞳を見つめ、ゆっくりとかぶりを振った。 「私は多分、こんな時が来るのをずっと待っていたのです。誰かの苦しみを癒すことで、私という存在を許されるような気すらしていました。私の命と引き換えに貴方の願いが叶うなら、そうして欲しい。それが私の願いでもあるのです。ただ……」 言い淀みながら、魔女は小鳥の頭を撫でる。 「私が側にいるために、この子の時間は止まったままです。側で癒しの力を注げば傷は治っていきますが、私が死ねば時が動き出すと共に、この子の命も終わるでしょう。だから私は心臓を取り出した後、一月たってから鼓動が止まるよう、私自身に魔法をかけます。あなたが約束した日までおよそ一月、それだけあればこの子の怪我も癒えるはず。どうかその時まで、心臓は預かっておいてくれませんか」 声に込められた揺るぐことのない決意の響きに、孤児も覚悟を決めた。大きく頷いた孤児を見て、魔女は初めて微笑んで、ぽつりと一つ涙を落とした。 「ありがとう。嗚呼、これでやっと胸を張って、みんなに会いに行けるわ」
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