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それから孤児は、昼も夜もなく走り続けた。
懐の心臓の鼓動は、日に日に小さくか弱くなる。ある日、のろのろと進む旅商人の旅団とすれ違った時、不吉な話を耳にした。「冬でも枯れない草木が手にはいると聞いた森に立ち寄ったが、いやはやとんだ大嘘だったなぁ」
懸命の前進を嘲笑うかのように短い昼は終わり、月明かりを頼りにのろのろと進む長い夜を繰り返すうちに、約束の朝はやって来た。
前へ進もうにも体は疲労困憊し、もはや這うことすらできない。もう長いこと、孤児はろくになにも食べてはいなかった。手足がちぎれるほど走ったのに、まだ少し、後ほんの少しのところで力尽きて動けないとは情けない。無情な朝日から目をそらし、どさりと仰向けに横たわった孤児は、瞬く間に深い眠りに落ちてしまった。
どれくらいの時間が経っただろう。照らしつける光の眩しさに、孤児は目を覚ました。空を見上げればもう昼を過ぎたのか、冬の太陽は既に傾き始めている。
無性に喉が渇いていた。近くの雪を一掴み貪る。ふと触れた外套の中で、どくりと確かに脈打つものを感じた。まだあの人は生きている。気づけば体も動くようになっている。まだ走れる。
孤児は立ち上がった。優しくしてくれた。強く生きろと言ってくれた。同じように長い時を苦しみながら生きただろうあの人を、けして一人で死なせはしない。今、彼女の隣に居たいのだ。行こう。神様、もしも私に慈悲を下さるなら、どうかわずかばかりの間だけ、あの太陽を留めてください。
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