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「心臓を、早く」
息も絶え絶えに孤児が差し出したそれを、魔女はぴしゃりと跳ね退けた。
「どうして戻って来たの。それは貴方にあげたのです。今更命が助かるわけでも、命が惜しいわけでもありません」
「いいえ、この心臓は役目を果たしました。だからお返ししたいのです」
孤児は魔女の目をじっと見つめた。
「私はずっと他人に認めてほしかった。角があろうとなかろうと違いなどないのだと言ってもらいたかった。貴女に貴女を殺そうとした罪を許され、私と父のために心臓を頂いた時に、既に願いは叶っていたのです。ありがとう、冬日の魔女。私の長い冬は、貴女のおかげで終わりました」
言ってとうとう力尽き、孤児は魔女の膝元へ崩れ落ちた。魔女の腕の中で、まだ幼さを残した顔は、汗と泥で斑だ。
魔女ははっとした。
嗚呼、それでは私は、最後の最後に本当の意味で誰かを救えたのだ。そうしてきっと、私自身も今、救われた。
魔女は己の無力と、誰も救えなかった無益な力のために迫害される悲しみに涙を流した日々を思い出していた。私はじきに死ぬ。残されるこの子に、何かしてやれるだろうか。
「……では、お礼に何か貰ってもいいかしら」
「はい、私に差し上げられるものがあるなら、なんなりと」
魔女の指が孤児の頬を拭う。孤児が見上げると、体が癒えると共に、いつの間にかなくなった右の角が、魔女の右のこめかみにはえていた。
「これで一緒ね。さあ、少しお休みなさい」
はい、と返事をした声は掠れていた。孤児は遠い昔、こんな風に母親の膝で眠りにつくのを夢見ていたことをふと思い出した。
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