暁じい編 〔プロローグ。〕

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現代では、モノクロやセピア色で語られる、かの時代の花ヶ濱。 ある一人の男子学生は、ある一人の女学生を慕っていました。 ある日男子学生は、意を決して女学生に想いを告げました。 女学生は男子学生の想いを受け入れ、二人は晴れて恋人同士に。 しかし、時代は酷なもの。 男子学生は由緒正しき華族の家の長男。 比べて女学生は商店を営む父と元芸者の母を親に持つ娘。 否応なく引き離される二人。 男子学生の許嫁である娘に諭され、女学生は自ら男子学生の前から姿を消します。やがて男子学生は男となり、女学生は女に。 男は親の決めた女性と結婚し、 女は家を出、職業夫人に。 それから程なくして、女に「夫を返して差し上げる」との言葉を残し、青年の妻が病にて天に召されます。 また惹かれ合う二人。 しかし、やがてかの大戦の時代に突入。 男は家督のしがらみや重圧を振り払うかのように、自ら軍隊に志願。 出兵して行きます。 男が出兵して行く前日、男と女は結ばれました。 そして別れ際、男は女に、桜の押し花を手渡します。 「押し花は、色こそ褪せても、形は変わらない。今この瞬間の空気も、今この瞬間の想いも、全て閉じ込めて、形が変わる事は無いんです。」 これが男と女の、今生の別れ。 戦争が終わり帰郷した男は、血眼になって女を探しましたが見つかりません。 それから何十年の時が流れたある日、女の縁者と名乗る者が男のもとに訪れました。 「彼女は、戦後男との間に生まれた子を育て、やがて病に倒れ、天に召された」と告げたのです。 そして、あるものを男に渡しました。 それは、茶色に色褪せ、しかし形は崩れる事無く丁寧に紙に包まれた押し花。 白髪ばかり目立つ最早老人とも言える男は、時の流れを痛感しました。 流るるは、泪。流るるは、想いばかりなり。 何時までも、何時までも。
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