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ざっ。
枯れた草を踏み潰す音が、何故か、怒号の飛び交う戦場で透き通るように響いた。
普通なら聞こえないその音に、皆、見えない鎖で縛られたように動きを止めて音源に目を向ける。
地面に倒れる中年兵士も力を振り絞って上体を起こし――皆の視線の先である自分の後ろの空間に――振り向く。
「な……、誰だ?」
中年兵士は疑問の声。
国境側の荒野から歩いてきたのは、灰色の襤褸に身を包んだ一人の男だった。まるで乞食か浮浪者の如き出で立ちである。
どちらにしても異様な事には変わりない。
煤色の背中まで伸びたボサボサの汚い髪が襤褸から覗き、不気味な演出をしている。背は高く、やや痩せた体躯だという事が襤褸の上からでも分かる。
その顔は遠くでは頭まで纏った襤褸の所為で見えなかったが、その男が中年兵士の横まで歩いてきた時に漸く見えた。
襤褸の男のその顔は砂がこびり付き汚れていたが、精悍で整っている事が分かる。今は頬が痩け狷介な印象を与えるが、その年齢は若いだろう。二十代前半ほどか。
その顔で最も印象的なのは――業物の剣のように鋭く尖り、見る者に威圧感を与える――双眸だ。
瞳は血に飢えた猛獣のように、真紅に危なく染まっていた。
彼の纏っている灰色の襤褸は、その傷跡や汚れ具合から非常に古い物だと分かる。
昔は様々な光彩を描いていたであろう、糸の数々も今では埃や砂で全てが灰色に染まっていた。
その襤褸の下にはこちらも同様に埃や砂塗れの、古来の戦士が好んで着ていたという長袖の軍服を着ていた。そしてその腰には革ベルトに吊られた一本の装飾の無い、鞘入りの剣が差してあった。
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