錯綜

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驚く社長をよそに、向かいの練習室に早速向かった俺。 「なぁ、おれも混ぜてくれよ!」 と言いながら勢い良く扉を開けた俺を、きょとんと見ていたあいつらの顔は今でも思い出せる。 最後のピースになるとか言っておいて、途中で投げ出した俺をあの社長はどう思っているだろう。 「あの人なら怒ったりしないな……」 「何だよ、独り言か? 見てるこっちが辛いぜ」 ……。 いつの間にいたのか。 大介は俺の隣に腰を下ろしながら体育館内の状況を教えてくれた。 「満員……とは程遠いが、かなり来てる」 大介の目は爛々と輝いていてとても楽しそうだった。 「お前、俺が教えた事忘れてねえよな?」 からかう口調の大介に「当たり前だ」と答える。 ピアニカとリコーダーをやらされた事は出来る事なら忘れたいが、教わった事は忘れてない。 「緊張は?」 「してない…って言ったら嘘になるな」 正直に答える俺を見て大介は「上等!」と不敵に笑った。 もうすぐ約束の時間だ。 時計の針の音がやけに大きく聞こえ、カウントダウンをする必要はないな、と俺は笑う。 大介が先に腰を上げ、俺に向かって手を差し出して来た。 「行くぞ、相棒」 俺はその手を見つめるが、俺が大介の手を取ることはない。 自分の意志で立ち上がり、虚しく手を差し出したままの大介の肩を叩く。 「ああ、行こう」 俺と大介はステージへと出て行く。 ステージに迷いのない足取りで向かう大介とは違い、俺は一瞬だけ立ち止まった。 お前らが苦しんでいる今も 俺は、何も出来ないけれど。 頑張っているお前らのために、 せめて今日は……。 ――俺が歌うよ。
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