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「(なんだなんだなんだ)」
あまりのことに冷や汗が止まらなくて言葉を吐こうとした口は歪な形に引きつった。何でこいつが目の前に、今ここに居るのか分からない。おかしい。俺の記憶が正しかったら、こいつ、昨日死んだんじゃなかったか?
「お前、何で‥‥」
車の前を横切る猫を助けようとして、車にはねられて死んだんじゃなかったのか。俺の手をすり抜けて死にに行ってしまったんじゃなかったのか。最後の最後まで笑って、俺の腕の中で。だんだん冷たくなって。
「なあ、何で‥‥」
触れようとしたら、空気に触れた。暖かい筈の頬に触れようとしたら、冷たい空気に触れてしまった。数秒間固まって、伸ばした腕を引っ込める。こいつは今にも泣きそうなくせして、笑った。
「‥‥お前、何で戻ってきたの‥‥」
「銀ちゃん、シャイなのもいいんだけどさ、わたし銀ちゃんのそういうとこも好きだし。でもさ、1回くらい言ってくれてもいいじゃん」
「は、何が‥‥」
「わたしのこと、好きって言って」
もしかしてお前は、それが未練で戻って来たのか。付き合ってたくせして俺が一度も愛の言葉を囁かなかったことが一番の未練だったのか。
「お前はホントによォ‥‥」
「銀ちゃん」
「バカヤロー、そんなんいくらでも言ってやるよ」
「うん」
「死ぬほど言ってやるよ」
「うん、最後のお願いだから」
「わーってるよ、ちょっと待ってろ。あ、あーあー、ゴホン。待て、声の調子が悪い」
「銀ちゃん」
「あーあー、あえいうえおあお、よし待ってろ。俺はだな、お前のことが、あの、アレ、す‥あい‥‥。くそ、何で言えねんだよ、ホントちょっと待て、今言うから」
「銀ちゃん、‥‥時間だよ」
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