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「どうして。どうして、何も言い返せなかったのか……。それも分からない。私は、正しいはずなのに……間違っていないはずなのに……。どう、して……」
頭を抱え、泣きじゃくる主。
どこまでも立派で、どこまでも凛々しくて、どこまで高い所にいると思っていた主。
そのイメージが、東堂の中であっさりと崩れ落ちた。
そう。
目の前にいるのは、ただの年相応の仕草を見せる普通の少女。
「……申し訳ありませんでした、お嬢様」
東堂は、目頭が熱くなるのを必死に堪え、主の小さな肩を抱き寄せる。
失望など、しない。
当然だ。
主の優秀さと、意識の逞しさ故に忘れていたが、この少女は、まだ16歳なのだ。
どれだけ重要な血筋に生まれようと、どれだけ過酷な道を選ぼうと、まだまだ未熟な子供なのだ。
泣いて当たり前。
悔しくて当たり前。
分からなくて当たり前。
「本当に……本当に申し訳ありません……!」
だというのに東堂は、その当たり前を忘れていた。
主は正しい者だと決めつけ、主は素晴らしい者なのだと陶酔していた。
「どうして、東堂さんが謝―――、」
「私は、とんでもなく愚かな従者でした」
主にだって、知らないことはある。主にだって、まだまだ未熟な部分がある。
そのことに目を向けず、自分は、ただ勉強だけをさせて主に会社を継がせようとしていた。黙認していた。意識せずとも、主をその道に導いてしまっていた。
なんという愚行。
なんという罪。
「…………」
違う。
主は、もっと知るべきだった。
会社を継ぐ以外にも、何か大切なものを。あるいは、大切じゃないことも。どうでもいいことも。興味のあることも、興味のないことも。嫌いなことも、好きなことも。
もっともっと、たくさんのことを知るべきだった。
主に知ってもらうよう、自分が尽力すべきだった。
主に、『企業』以外のことを見て欲しかった。
「……お嬢様」
「東堂、さん?」
「僭越ながら、私は、お嬢様のことを何よりも大切な存在と認識しております。それ故に、一つだけ、貴方様に聞いてもよろしいでしょうか?」
首を傾げる主に、東堂は震える声で言葉を続けた。
「外の世界を知りたいですか?」
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