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「お前は、会社を継ぐ以外の道を、少しでも考えたことあったのかよ?」
「……何を――、」
「ケーキ屋さんになりてぇだとか、パイロットになりてぇだとか。そういうガキみてぇな空想抱いたことあんのかよ?」
「…………」
「無ぇだろうな。だって、お前は何も知らねぇ。ずっとこんな部屋の中で勉強だけしてきやがった奴が、外の世界のことを知っているはずがねぇ」
だってのに。
と、そう呟いて、高津茜は動いた。乱雑に主へと歩み寄り、そして、乱暴にその胸倉を掴み挙げる。
「だってのにお前は――何も知らねぇお前は、あたかも全て知っているかのように、自分のことを持ち上げやがる」
「……ぅ」
「悩んだことも、切り捨てたことも、諦めたこともなく……ただ"決定"しかしたことの無いテメェが、悩んで、切り捨てて、諦めて、その上でようやく"選んで決定してきた"人間よりも、上であるかのように語りやがる」
胸倉をつかまれた主の体が、宙に浮んだ。
なんてことはない。
ただ、眼前の鬼によって持ち上げられただけ。
圧倒的で、圧倒的に異常な怪力によって。
「これ以上、アタシを不快にさせんじゃねぇよ。ぶち殺すぞ、薄っぺらなクソガキが」
その一言が―――全てだった。
そして、その言葉が最後に、高津茜は、主を床へと放り捨てると、部屋から出て行ってしまった。
実に不機嫌そうに。
実に苛立たしそうに。
残されたのは、主と東堂の二人のみ。
「お、お嬢様、お怪我はありませんか!」
床に這い蹲ったまま起き上がらない主のもとに、東堂は慌てて駆け寄る。
すると、
「お嬢、様……?」
「…………なぜ、かしらね」
主は、泣いていた。
泣き叫ぶわけでもなく、泣き喚くわけでもない。
ただ、自然と瞳から涙が溢れたかのように、静かに静かに泣いていた。
「……私は、自分の人生を間違ってないと思うし、誇りに思ってる。それは、決して変わらない」
「ッ。それは、私も同じです、お嬢様」
「だから、あの女の言葉には心底腹が立ったわ。殺してやりたくなるほど、憤りを感じた。……けど、」
主の頬を伝う涙の量が、より一層増えた。
「……何も、言い返せなかった……」
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