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その場に流れるのは、沈黙。
数秒の沈黙。
やがて、
「……お前、何言ってんだ?」
高津茜は、心底呆れたかのように肩を竦めた。
「お嬢様を、貴様に預けると言ったんだ」
「いや、だから。それが意味分かんねぇんだけどよぉ」
「お嬢様を貴様のもとで、貴様と共に生活をさせろ。そして、お嬢様に『外の世界』とやらを――お嬢様がまだ知らない数々のことを見せてやれ」
「……少なくとも、人にものを頼む時の態度とは思えねぇな」
「うるさい」
東堂は、彼女の胸倉を掴む手に、更なる力を込める。
「貴様が先ほど、お嬢様を侮辱したことは許せない。殺したくなるほどに許せない。……だが、貴様の発言に一理あったのも事実だ」
「だったら、なんでアタシに―――、」
「貴様のその発言を捻じ伏せてみせるためだ。勉学以外の様々なことを経験し、感じ、知った後のお嬢様相手ならば……貴様はもう何も言うことが出来んだろう?」
「…………」
「だから、」
次の瞬間、東堂は乱暴に高津茜から手を放し、そして言葉を続けた。
「だから――これ以上、貴様がお嬢様を語るな。これ以上、あの方を侮辱することは、この私が許さん。絶対にだ」
真っ直ぐに見据えられ、睨みつけられた高津茜。
彼女は数秒こそ、呆気に取られたように沈黙を続けていたが、やがて気が抜けるような嘆息を漏らす。
「……意味分かんね」
気だるそうに、その赤い髪を髪乱す高津茜。
「お前、自分が何言ってるか分かってんの? 大切なオジョオーサマとやらを侮辱した本人に任せ、外の世界を教えてやれだと? しかも、それはこれ以上オジョーサマを侮辱させないため? 言ってること、全部無茶苦茶じゃねぇか」
「……承知の上だ」
「だったら、そんな下らねぇ提案するんじゃねぇよ」
「…………」
「つーか、アタシに指図するんじゃねぇ。命令するんじゃねぇ。使役するんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ?」
突き刺さるような殺気を東堂へと向け、高津茜はそう吐き捨てた。
「……そもそも、だ。内容云々以前に、こういう頼み事は普通本人が―――、」
「――そう。本人が直接すべきよね」
―――と。
玄関の間に、澄み切った声が響き渡った。
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