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その声に反応し、東堂は慌てて振り返る。そして、遅れて高津茜もゆっくりと振り返る。
二人の視線の先――階段の上に居たのは、他でもない。
主だった。
つい先ほどまで、年相応に泣きじゃくっていた主が……普段と変わらぬ凛々しい姿と態度で、そこに、居た。
「お嬢、様」
「ありがとう。東堂さん。ここからは、私が継ぐわ」
私の問題なんだから、と。そう呟いて、主は高津茜へと視線を向ける。
「赤いお姉さん。貴女は、やっぱり素敵な人だったわ」
「あ?」
「強くて、逞しくて、異常で、外れてる。一人の女として、一人の人間として、素直に貴女という存在を畏敬するわ」
「……褒め言葉なんざいらねぇんだよ」
「でもだからこそ、逃げることは許さない。責任を取りなさい」
「……は?」
苛立ちを見せていた高津茜の動きが――止まった。
呆気に取られたというより、完全に不意をつかれたように。
「お前、何を――、」
「貴女に侮辱されたせいで、貴女に説教をされたせいで。私は、勉学以外のことに、『外の世界』に興味を抱いてしまったわ。今まで全く興味がなかったのに。あぁ、もう、これじゃあ勉学に身が入らないじゃないの。困ったものだわ。まったく。一体どうしてくれるの?」
「え、ちょ、はぁ?」
「え? まさか、私をこんな気持ちにさせておきながら、このまま去るなんてありえないわよね? 人一人の価値観を変えておきながら……あんなに偉そうに説教をしておきながら、何もせずに言い逃げするだけだなんて。貴女程の人間が、そんな無責任で卑怯な負け犬の如き選択肢を選ぶはずがないわよね? ねぇ、そうよね?」
「…………」
驚いたのか、呆れたのか、苛立ったのか。
定かではないが、高津茜は口を閉ざし、黙って聞いていた。
「というわけだから、兎にも角にも、貴女には責任を取りなさい。これは命令よ」
そして、最後の宣言を口にした。
「責任持って、私に色んなことを教えなさい。私に貴女の世界を見せなさい。私を最高に楽しませなさい。どうか、よろしくお願いします」
そう言って、頭を下げた主は――笑っていた。
微笑でも、苦笑でもない。
今まで、東堂が見たことの無い程に、楽しそうで、期待に満ちている笑いだった。
"生きている"人間の笑い顔だった。
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