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イリスの意識は、暗闇の中にあった。
右か左か、床か天井かもわからない、何も見えず、聞こえず、触れず、感じない世界。
「───────────────」
その、恐怖も後悔もない、暗闇しかない世界において、イリスの心は──────いや、イリスは虚無だった。
何も考えられない。何も感じない。手足の感覚もなく、そもそも今生きているのかさえわからない。
何かやるべきことがあったはずなのだが、それ以前に自分の名前さえ思い出せないのだから、別段どうということはない。
そんな無そのものの世界に、一つの光が灯る。その光は小さく、けれどイリスに近づいてくる。
やがて光はイリスを包み込み、黒い世界が眩いほど白い世界へと代わる。
そして、声が聞こえてきた。
「よし!お前の名前はイリスだ!」
その声はとても懐かしいようで、それでいてどこか聞き覚えのあるような、心底安心できるような、そんな優しい響きに満ちていた。
頭の中を、声が反芻する。どうやら声の主によると、自分の名前は『イリス』というらしい。
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