1723人が本棚に入れています
本棚に追加
/104ページ
左肩に提げていた鞄をそっと地面に下ろす。右足を僅かに引いて半身になり、心持ち腰を落とした。姿勢はやや前傾に。
息を深く吸い込む。呼吸を整える。
チャンスは一度。勝負は一瞬。
(……いきます)
すべての準備を終えたサラが、いよいよ前に飛び出そうとして――しかし、幸か不幸か、その瞬間が訪れることはついになかった。彼女にとっても予想外が起こったからだ。
「――はっはっは! おいおい、やめとけよな。お前ら」
「え……?」
この場の緊迫した空気にはまるで似つかわしくない哄笑(こうしょう)が突如として響いた。どこか軽薄にも聞こえるその声に機先を制される形となり、サラは飛び出すタイミングを見失ってしまった。反射的に声のしたほうに目を向ける。
「ま、血の気が多いのは嫌いじゃねえけどよ……いくらなんでも情けねえだろうが」
のんびりと人の輪から歩み出ていく一人の少年がサラの目に留まった。
女子のものとは違い、ラインが青い男子用のそれ。なぜかネクタイを身につけておらず、代わりとでも言うつもりなのか、黒いバンダナを首に巻いたりしてはいるが、それはたしかにセントラルの制服に相違なかった。多分に漏れず同級生。
短めの金髪が自らの存在を強く主張するかのごとくツンツンに立てられている。翡翠色の瞳が嵌め込まれたその目はぎらぎらと強く輝いていた。さながら品定めをする猛獣のようでもある。
いかにも愉快だと言わんばかりにだらしなく弛緩した顔はしかし、とてもよく整っていた。どこか挑戦的な眼差しと白く覗く八重歯が印象的な少年だった。
最初のコメントを投稿しよう!