序章、終焉への導き

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   視界一杯に広がっているのは、果てなく続く水平線だった。雄大で美しい母なる海を一望できる岬に一人の少女が佇んでいる。  吹き抜ける風に乗り、腰まで伸ばされた銀髪が優雅に宙を舞う。それに伴い微かに匂う甘い香りは彼女の髪が発するものだろうか。穏やかで優しい沈黙がそこには満ちていた。  岬の先端には一振りの剣が突き立てられていた。長い白銀の刀身を持つ、美しい剣だ。綺麗な直刃は西に傾いた太陽の光を受けて橙に煌めき、鮮烈なまでに美しく、そして強い輝きを放っている。  少女は剣の前に立ち、次いでその場に屈み込んだ。まるで剣と視点を合わせるようにして、じっとそれを見つめる。  刀身の根本近くに嵌め込まれた翡翠の宝玉が目についた。優しい色――彼の瞳の色だ。 「…………」  無言のまま、少女は剣の腹をそっと撫でた。それはとても愛おしそうに、それはとても切なそうに。慈愛と悲哀の入り混じった複雑な表情だった。  いまだどこかにあどけなさを残す少女だったが、その表情は驚くほどに大人びていた。それでいてぞくりとするほどに美しい。  可憐なその姿は儚い幻のようで、まるで少女の存在自体が夢幻なのではないかと疑わしくさえ感じてしまう。  どこまでも幻想的なその美しさはいまにも消えてしまいそうな危うさを演出し、より神秘的に彼女を彩っていた。 「……どうしてかな?」  鈴を転がしたような澄んだ声が辺りに響く。誰にともない、孤独な問い掛けだった。少女の顔がくしゃりと悲しげに歪む。  そして数瞬と待たずして、少女の瞳から透明の雫がこぼれていた。大きな瞳に負けじと大きな粒が盛り上がってはとめどなく溢れ、彼女の白磁のような肌を濡らしていく。 「他には、なにもいらなかったのに……」  鮮やかな朱色に染まった空に、少女の涙が融ける。 「……どうして……!」  か細く紡ぎ出された声が水に沈んでいくようにゆらゆら揺れる。震える身体を抑えることができなかった。 「……逢いたいよ……」  願いにも似た小さな呟きに応える存在は、ここにはいない。  ほんの、一瞬。  白銀の刀身に埋め込まれた翡翠の宝玉が、目映く光ったような気がした。
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