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もう幼くはない少女の頭を、ごつごつした大きな手がなでる。金糸のきらめきをもつ髪の質感はまるで絹のようだった。
明日、少女は結婚式を挙げる。
相手は村一番の仕事をする。もちろん村一番の男だ。当然だ。
「二人して連れ添いたいと挨拶に来たときは奴を地面に沈めてやろうかと思ったが、いかんせんお前が選んだ相手だ」
自分も彼女の幸せを願っている。しかしお互いそのあたりのことを決して口に出さないあたり、不器用だと思いながら親子なのだから仕方ない。
頭に置かれた手が離れて行って、不意に軽くなる。苦笑にも似た表情を浮かべながら父は何も言わない。
ああ、どこまでも私たちはこんなにも親子だ。いつまでも不器用で、言いたいことの半分も言えなくて。
10年間も血のつながりのない自分を厳しく育ててくれた暖かい手を、離す時が来た。10年の間、感謝の気持ちを忘れたことはなかったけれどどうしても言えなかった言葉がある。
血のつながらない親子ゆえにその言葉を言っていいのかわからなくて、拒否されるのが怖くて今まで伝えずにここまで来てしまった。
すうっと息を吸うと意を決して、少女は初めてその言葉を紡ぐ。
「…お父、さん」
二人は暖炉に照らされて、夜の気配が二人を纏う。
共に過ごして10年間、初めて少女から聞くその言葉に、優しい琥珀色の瞳が驚きの表情を見せた。
「…今まで、ありがとう」
「礼なんか、いらん」
その言い方はなんだかちょっとぶすくれていて、それでいながら明らかに嬉しそうな気配がしていたので少女はおどけたように父の太い腕に抱きついた。
陽の光の匂いがする服に飛び込みながら、少女の瞳が潤む。
「でも、これからもよろしくね」
にかっと笑った少女の顔が小憎らしくて、父はただへそを曲げながらがしがしと少女の頭をかきまぜたのだった。
少女は明日、結婚式を挙げる。
―――でも、ずっと彼の娘だ。
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