第2章 愛するということ

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その日、俺は事務所当番だった。 深夜、事務所の電話が鳴った。 うちの組をよく知る飲み屋のママからだった。 電話に出た別の当番者が何やら慌ててた。 「吟!…い、いや、吟の補佐!上野の兄弟が持っていかれたぞ!(パクられた)」 飲み屋で他の客とケンカになった上野は、持ってた刃物で相手を刺した。 まわりの客に押さえられ、駆けつけた警官に殺人未遂の現行犯で逮捕された。 接見禁止が解けた翌日、シンジから電話がきた。 明日の面会に景子姐さんを連れていってほしいという内容だった。 喫茶店で会うことにした。 景子姐さん、シンジ、シンジの女、そして沙弥香(上野の娘)が連れだって来た。 「吟ちゃん、隆志の面会、私と沙弥香も連れていって。」 ……。 「明日、離婚届けに判押してもらいたいの…」 ……。 おい、沙弥香。 パパのこと好きか? 「吟ちゃん、やめて」 うるせえよ姐さん。 俺は沙弥香に聞いてんだ。 沙耶香は目の前にあるパフェをじっと見ていた。 姐さんの顔色を伺ったんだろう。 その時、シンジが言った。 「兄ぃ、好きに決まってんでしょ。あんないいパパ、嫌いって子供なんかいないっす。」 そっか… 好きか…。 ほら、食えよ。パフェ溶けるぞ。 沙弥香の頭を撫でた。 沙弥香、パパとママな、別れるってよ。 もう、ずっとパパと会えねえぞ。 沙弥香は、パフェで口をもぐもぐさせながら、大粒の涙を流した。 「吟ちゃん!いい加減にして!沙弥香はまだ子供よ。時期が来たらちゃんと私から話す。余計なこと言わないで。」 訳わからねえ子供が涙流すかよ。 「えっ?」 子供はな、大人以上にモノゴト解ってんだ。 今が、いや、ホントはこうなる前に沙弥香に話すことだろよ。 「……。」 俺は、ちゃんと憶えてるぞ。まだションベンたれてたころ、父親と母親がケンカしてしばらく母親が出て行ったことも、別れるって言ってた意味もな。 父親に遊んでもらった日々のことも、母親の言葉も。 子供だったけどちゃんと理解してたぞ。 そん時にな、はやく仲直りしてって神様にお願いしたことも、はっきり記憶に残ってる。 姐さんは泣いた。 泣くんじゃねえよ、沙弥香が不安がるだろ。 姐さん、こんな時、黙って抱きしめてくれるのは上野だけしかいねえぞ。 それを聞いていたシンジの女も泣き出した。
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