序章 強制非公開

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江戸時代の僧 沢庵(たくあん)禅師は、その死の床で枕辺にいる弟子たちに遺言を望まれた。 沢庵禅師は、弟子が強いて差し出した一本の筆を手にとり、最後の力を振り絞り、たった一文字 「夢」 と書いた。 そして書き終わると同時に絶命示寂した。 沢庵の最後の遺言は「夢」の一文字だけだった。 人生の最後に夢を追い求めたのか、 この世に残る人々に夢を託したのか、 人生を振り返った時それが夢のようだったのか、 俺には知る術もない。 ただ、人生の最後の最後に「夢」と書ける沢庵の死に様が俺は好きだ。 逮捕勾留されてた最中に、小説「人としてヤクザとして」が強制非公開になった。 この処分について異論はない。 遠い昔の1996年から2000年にかけて 「インターネットは無法地帯」と呼ばれた時代。 2000年当時、この国に存在した悪徳有料エロサイトの約80%を傘下として運営していた俺は、この国のインターネット社会が暗中模索を繰り返しながら、法整備とルール作りをしてきたのを目の当たり見てきた。 1990年代後半、当時のネット社会に法律はほとんど存在しなかった。 いや、司法当局がなかなか入りこめなかった世界だった。 ワレズと呼ばれる違法コピーソフト、あらゆる薬物を売買してたサイト、犯罪誘発サイト、悪質なアダルトサイト、各種クラック(ハッキング)ツールをダウンロード出来るサイト、中には拳銃を売買してたサイトもあった。 90年代後半、俺も随分とそれらサイトには世話になった。 インターネットの暗部は、アンダーグラウンドと呼ばれ、UGと表現された。 荒らしは、今の時代のような低レベルではなく、掲示板は機能しなくなるように破壊され、時にはサイトごとクラック(ハッキング)されサイトそのものが乗っ取られた。 個人に対する誹謗中傷などという生易しいものではなく、住所、氏名、家族構成と顔写真まで晒され、家のパソコンはウィルスまみれになるのが日常茶飯事だった。 警視庁のホームページは何者かに書きかえられ、エロ画像が貼られた。 インターネット通を自称した某政治家のホームページも、政府のホームページにも女の裸が貼られた。 不正アクセス禁止法はその時代に成立してなく、日本はハッキング天国と言われた。 警視庁のホームページは何度もエロ画像が貼られた。捕まえる法律そのものがなかった。
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