第2章 愛するということ

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お猪口に注がれた酒を一気に飲み干した。 …補佐、務めてる間(刑務所に行ってる間)、どうして景子姐さんに家庭のこと聞いたり、いたわる言葉かけてやらなかったんですか? 「吟、堅苦しい敬語やめろ。酒がまずくなる。 だいたい、お前も本部長補佐だろ。場面ならお互い堅苦しく話すけどな。 今はやめろ。 俺ぁな、吟、お前のこと本当の兄弟のように思ってる。 実家のオヤジもお袋もお前のこと息子のように思ってる。 沙織のことでな、恋人同士でもないのに、あれほど親身に看病してくれて、たくさん泣いてくれたお前のことを、俺はヤクザの先輩後輩とは見れねぇ。 お前、俺の留守中、毎年、沙織の命日に花をもって実家に行ってくれただろ。 雪道をあんな遠くまでな。ありがとな。」 ……。 沙織さんとは恋人同士じゃなかった。 でも、俺の家族だと思ってるよ、兄さん。 この日常の中で記憶は薄らいでいく。 普段は忘れてる。 あの笑顔も、言ってくれた言葉も、あの声も。 でも、1年に一度だけは必ず思い出す。 だから、どんなに遠くにいても必ず会いに行く。 供養とかじゃなく、近況報告だよ、兄さん。 「そうか。吟…。 忘れてしまうことは、人が生きてくために持ち合わせてる強さだ。 刑務所に行くとな、外の景色が見れねぇんだ。 毎日同じ塀の中の景色、人と配置される工場は変わってもな、閉じ込められた空間で同じ毎日の繰り返しだ。 刑務所に入った時から記憶は止まったままになる。 シャバじゃ毎日が動き変化する。人の感情や想いも変わる。 でもな、刑務所から出るまでの間、中にいる人間の記憶は、パクられた時のまま止まっちまうんだよ。 女房やヤクザの女は必ず口を揃えて言う。出てくるまで待ってるってな。 シャバには出逢いもあれば、心も動く毎日のきっかけがある。 務所にはそれがねぇ。止まったままの記憶があるだけだ。 待ってると言う10人のうち、本当に待ってる人間は半分もいねぇのが現実だ。 俺は、刑務所に落ちた時点で、もう女房子供はいないものだと肚くくった。 後ろ髪ひかれるから、だから、景子には家のこと何も聞かなかった。 子供を連れて面会に来るなと言った。」 俺には、わからねぇよ。 「何?」 後ろ髪引かれるなら、最初から家庭なんか持たない方がいい。 待つ方も、待たせる方も辛いだろ。
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