第2章 愛するということ

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結婚してて、その女房に「カタギになって」っていわれたら…… 「……。」 俺なら迷わず女房と別れる。 「!!…。ヤクザを理由に別れないんじゃないのか?」 ああ、そうだよ。女房子供に対する責任がある。 ヤクザなんざ、いや、人間なんて矛盾だらけだろ。 良くも悪くも、人は矛盾を生きてる。 だから……。 「だから?」 女房と別れたあと、指詰めてカタギになる。 「!!」 兄さん、俺たちは体張って、命懸けてヤクザやってんだ。 女房子供を理由にカタギになるなんて中途半端な考えは持ち合わせてねえ。 カタギになれなんて、そんなこと言う女房もいらねぇ。 ただ、だからと言って、女房にまでした女を、ヤクザという生き方が理由で途中で捨てることはできねぇ。 俺たちと同じように、女房連中だって体張って命懸けてんだ。 女房と別れるのはヤクザとして当たり前の筋。 指詰めてカタギになるのは女房子供に対する筋だ。 「カタギになって」っていうたった一言で別れるんだ。女房も犠牲になるかわり、自分も犠牲を払う。 女房とは別れる。二度と会わない。でも、自分自身もカタギになる。 それが俺の任侠だ。 「吟。お前…なんて野郎なんだ。俺には真似できないな」 いや、ただ、俺はそういう覚悟で肚くくって生きてるってことだよ。 きっと俺にも出来ねえだろ。だから家庭は持たねえ。最初から女を深く愛さねえよ。 「吟…。景子に言われた。カタギになってってな。子供と私のためにってよ。」 ………。 「離婚届けは書いてないけどな、あいつを追い出した。もう1ヶ月たつ…」 兄さん、それでいいのかよ? 「ああ。いい。吟よ、俺にヤクザ辞めれってことは、生き方やめれってことだ。生き方やめれってことは、俺に死ねってことだ。あいつはヤクザの女房には向かない。」 子供は? 「………もう、いい。」 そうか…。随分辛い思いしたな兄さん。 姐さんも同じくらい寂しくて辛い思いしてんだろうな。 子供もな。 「………。吟、俺は間違えてるか?」 間違ってないよ。 ヤクザとして間違えてない。 その日あたりから上野は酒に溺れはじめた。 よく泥酔しては店で暴れ、若い衆にあたり散らした。 沙織さんが死んだ当時、俺にも同じ経験がある。上野の気持ちが痛いほどわかった。 事件はそんなある日に起きた。
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