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俺は階段を下り始めた所で風に晒され、あの時と同じ気配を感じた。
確信を持ちながらすっと振り向くと、紅い落葉が風に舞い踊る中、お堂の前に真白な彼女が佇んでいた。
いつかと同じ代わらぬ姿で、いつかと同じ涼やかな微笑みで。
彼女の美しく長い髪には、先ほど納めた蓮の髪飾りが光っている。
俺は駆け寄りたい気持ちを押さえ、深く一礼した。
頭を上げると、たおやかなその姿は消えていた。
俺は車を走らせ、A村の浅間神社へ着いた。
親方のトラックはまだ無い。
おそらく、まず本家に寄っているのだろう。
俺は自分の車から道具を出すと、早速傷んでいる個所をチェックし始めた。
一時間も経った頃、親方のトラックが坂道を上ってきた。
「あっ!」親方の声が響く。
俺の車を見つけたのだろう。
ドドドと言う足音を立てて親方がお堂まで掛けて来る。
そのままの勢いで俺はぶっ飛ばされた。
「何やってやがるこの大馬鹿野郎がぁぁっ!」親方が鬼の形相で怒鳴る。
「てめぇ、かかあに聞きやがったな…!」
真っ赤な顔でぶるぶる震える親方に俺は言った。
「俺は仕事始めちまいました。もう遅いですよ。さあ、とっとと片付けちまいましょう」
「この…馬鹿がぁ」
「親方、俺は貴方を親父と想っています。親父が命懸けの仕事すんのに、息子が何もせんなんて許されんでしょう。」
「この…馬鹿野郎・・・おめぇなんざ、日本一の大馬鹿息子だぁっ!勝手にしろいっ!」
「はい!勝手にしますとも!」
ふうとため息をつきながら「道具を取ってくらぁ」と背を向けかけた親方に、「あ、親方、これを。」と俺は守り札を手渡す。
「おお、参ってきたのか...あれ?おめぇの分が無えじゃねえか?」
「俺には、お札は必要無いんですよ。」なぜかちょっと照れながら俺は答えた。
「けっ!惚気やがって...」親方はふっと微笑い、道具を持ちにトラックへと向かった。
俺と親方の息の合い方は半端ではない。
お互いに、声を掛ける必要も無く仕事は進んでいく。
また、親方は通常の修繕仕事であれば図面をまったく必要としない。
ほぼ目測で切る板が、全く隙間無くピタッと嵌りこむ。
修繕作業は見る間に進んで行った。
夜は親方の本家に泊まり、打ち合わせの後は毎晩宴席だ。
俺は家族同然に接して貰った。
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