宮大工の話④

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俺は階段を下り始めた所で風に晒され、あの時と同じ気配を感じた。 確信を持ちながらすっと振り向くと、紅い落葉が風に舞い踊る中、お堂の前に真白な彼女が佇んでいた。 いつかと同じ代わらぬ姿で、いつかと同じ涼やかな微笑みで。 彼女の美しく長い髪には、先ほど納めた蓮の髪飾りが光っている。 俺は駆け寄りたい気持ちを押さえ、深く一礼した。 頭を上げると、たおやかなその姿は消えていた。 俺は車を走らせ、A村の浅間神社へ着いた。 親方のトラックはまだ無い。 おそらく、まず本家に寄っているのだろう。 俺は自分の車から道具を出すと、早速傷んでいる個所をチェックし始めた。 一時間も経った頃、親方のトラックが坂道を上ってきた。 「あっ!」親方の声が響く。 俺の車を見つけたのだろう。 ドドドと言う足音を立てて親方がお堂まで掛けて来る。 そのままの勢いで俺はぶっ飛ばされた。 「何やってやがるこの大馬鹿野郎がぁぁっ!」親方が鬼の形相で怒鳴る。 「てめぇ、かかあに聞きやがったな…!」 真っ赤な顔でぶるぶる震える親方に俺は言った。 「俺は仕事始めちまいました。もう遅いですよ。さあ、とっとと片付けちまいましょう」 「この…馬鹿がぁ」 「親方、俺は貴方を親父と想っています。親父が命懸けの仕事すんのに、息子が何もせんなんて許されんでしょう。」 「この…馬鹿野郎・・・おめぇなんざ、日本一の大馬鹿息子だぁっ!勝手にしろいっ!」 「はい!勝手にしますとも!」 ふうとため息をつきながら「道具を取ってくらぁ」と背を向けかけた親方に、「あ、親方、これを。」と俺は守り札を手渡す。 「おお、参ってきたのか...あれ?おめぇの分が無えじゃねえか?」 「俺には、お札は必要無いんですよ。」なぜかちょっと照れながら俺は答えた。 「けっ!惚気やがって...」親方はふっと微笑い、道具を持ちにトラックへと向かった。 俺と親方の息の合い方は半端ではない。 お互いに、声を掛ける必要も無く仕事は進んでいく。 また、親方は通常の修繕仕事であれば図面をまったく必要としない。 ほぼ目測で切る板が、全く隙間無くピタッと嵌りこむ。 修繕作業は見る間に進んで行った。 夜は親方の本家に泊まり、打ち合わせの後は毎晩宴席だ。 俺は家族同然に接して貰った。
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