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●手塚治虫氏「終わりの頃のアトムは、アトムの顔つきはしてるが、ぼくの息子のアトムではなかった」
『鉄腕アトム』の4年間の放映のうち手塚の原作があったのは最初の1年半だけで、スタッフが担当したその後のストーリーは人気を得るために戦いばかり描かれるようになり、手塚が好むアニメーションらしいユーモアが失われていった
手塚治虫本人は、科学的合理主義へ疑問や警告をテーマとしていた原作マンガに対して、アニメ版では逆に科学文明賛歌になっていた、アトムが正義の味方となって何か悪者を倒す、というパターンが定着したことで厳しく評価。
後にリメイクする理由としている。
またアニメ第1作の人気が絶頂だった時期に「ぼくはアトムをぼく自身の最大の駄作の一つとみているし、あれは名声欲と、金儲けの為に描いているのだ」という自虐的な評価をエッセイで記している。
手塚としては、一雑誌連載作品に過ぎない「アトム」が自らの代名詞のように扱われ、しかもアニメ版はオリジナルのストーリーによって原作から遊離しているという意識があった。
現在の日本のロボット工学学者たちには幼少時代に『鉄腕アトム』に触れたことがロボット技術者を志すきっかけとなっている者も多く、現在の日本の高水準のロボット技術力にはこの作品の貢献が大きいともいえる。
(第2作版・1980年)
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