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立てつけの悪い玄関の扉を開けると、大家さんの華奢な背中が目に入った。 大家のエリザベータさんは若くてきれいで料理上手というすばらしい女性だが、ベタ惚れの旦那様がいるため、マンガのような年上美女とのラブロマンスといった類のものはどう間違っても成立し得ないのが残念なところである。   ドアが開く不格好な音が聞こえたのか、エリザベータさんが振り返り「おかえり」と笑いかけてくれた。 「ただいま…っと、お客さん?」 エリザベータさんの向こうに見慣れぬシルエットが映り、一応声を潜める。 するとエリザベータさんはぱっと顔を明るくした。 「ちょうど良かった!こちら、今日からあなたと同室の――」 そこまで聞いたところで、紹介されている当人がこちらへ歩み寄って来て、その姿を現した。 滑らかなバリトンでフランシスと名乗った男は、目を見張る程の美形だった。 ゆるやかに波打つ金髪と海に似た深い色の碧眼が、彫刻のように整った顔立ちと相まって、子どもの頃に絵本で見た天使にうりふたつだと思った。 「よろしく」 笑顔と共に差し出された右手を、一瞬遅れて握り返す。 「えっと、あ、アーサーです。よろしく」 何故か妙に緊張して、声が上擦ってしまった。 フランシスは少しだけ首を傾げると、俺の顔をじっと見つめた。 「?あ、あの…何か…?」 男相手とは言え、美形に凝視されると無意識に顔が熱くなる。 握ったままの手も、少しだけ汗ばんで来てしまった。 「ん、いや。ジュニアハイスクール生が一人暮らしなんて大変そうだな、と」 哀れむような顔で言われて、頭にかっと血が上る。 「俺は大学生だっ!」 叫ぶようにそう言うと、見るからに目を丸くされた。 「はぁ?まっさかー!良くてハイスクールだろ…。飛び級か?」 「誰がだよ!第一俺は23だ!」 今度はきれいな顔をひどく歪ませて「にじゅうさん…」とうわ言のように呟いている。 「まじかよ、俺と3つしか違わないじゃん…ありえねー…」 はああと大きくため息を吐かれて殴りかかってやろうかと思ったとき、エリザベータさんがくすくすと控え目に笑いだした。 「もう仲良くなっちゃったのねー、良かった。じゃあこれ鍵だから、あとは同室のアーサー君に教えてもらう方が勝手がいいわよね」 エリザベータさんはにっこりと笑って、俺とフランシスを順番に見た。
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