第1章 ウタガイ、ゴカイ

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「つまり、自分が前にあったのと同じ事をしたと。先生はそう言いたいんですね」 「違うとは思いたいんだが、そう疑いたくなるくらいに同じなんだよ。」  教師歴8年間がこれか。過去に起きたケースと今のケースをダブらせて、今を見ようとしていない。  過去の事件がどれだけの規模であったか、担任にとってどれだけ印象深いか知った事ではない。過去は過去、そう区別出来ない人はいずれ失敗する。 「織崎に聞けば分かると思いますが、自分がやっていないと彼女は言ってくれます」 「口封じをしている可能性があるだろう」  青谷が要らぬ口を挟んだので、返し言葉を送ってやる。 「口封じをしていない可能性も。ですよ。  それは先生の真摯(しんし)な言葉で、正直に答えてもらえれば分かる事です」  疑うしか知らない青谷はこの言葉で黙った。これ以上の追撃は、立場を危うくすると感づいたのであろう。保身だけは勘が良い野郎なこった。  その、青谷の代わりに担任が言う。 「柏壬。お前を信じて良いんだな?」 「はい、先生。織崎の無事と、元気に治って戻って来る事を自分は祈っています」  力強く、この偽善者っぷりの言葉を先生に言い放った。  正直、織崎の無事と元気に治る事などどうでも良かった。ただ、自分がやっていない事を先生達に伝え、身の潔白を証明さえしてくれれば。
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