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えっ?
顔を上げると、煙草を口にくわえた檜嶋さんが映る。
煙草とか……なにくつろいじゃってんの?
「いや、だから時間過ぎてるってば」
「話はよーく聞こうぜ? 棗くん。俺の都合で変えるの。わかる? 俺の都合だ。僕はとてもすごく急激に棗くんとお勉強がしたくなっちゃったわけよ」
いやいやいや!!
頭が悪い俺が言うのもなんだけど、言葉遣いおかしいし、文法とか全部無視じゃん! 『とてもすごく急激に』なんて言ってる人初めて見たよ!?
そもそも都合でもなんでもねぇし!!
キセイジジツって言うんだよ! そういうのは!
「苦手教科言ってみ?」
だいたい、こいつ頭いいの? 全っ然良さそうに見えないんだけど。
「古文とか……かな」
「なんだよ、『とか』って。薺さんには数字って言われたけど?」
自分で体がピクリと反応したのがわかった。檜嶋さんも気付いたんだろう。眉を怪訝そうに寄せる。
「それは兄貴の担当教科だから。テストだって、平均点はいってないけどそこまで馬鹿じゃないもん。ただ、授業態度が悪かったり提出物を出してないから」
「なるほどねぇ?」
家庭教師にまで言うなんてな?
数学を重点的に教えろ、とでも?
田所に好かれるために?
教師として恥ずかしくならないために?
すべては自分のために?
そんなの兄貴のエゴだ! 俺はこのままでいい! ただ、楽しく過ごしてりゃ別にいい! 頭を良くしたいなんてこれっぽっちも思っちゃいねぇんだ!!
それは兄貴が俺に思わせたことだろうが!
兄貴がひたすら勉強に打ち込み、家族とのコミュニケーションの一切を打ち切り! 家族の絆を! 薄く、薄くしていったのは兄貴だ!
兄貴は確かにそんなつもりはなかっただろうけど!!
母さんが兄貴のことを心配して、父さんが母さんのことを咎めたのは事実なんだ!
家族が壊れたのは……事実なんだ……!
俺は兄貴みたいに外面ばっかにこだわって中身が空っぽな大人には絶対にならない! 今がどんなに情けなくてもだ!!
俺がギリギリと唇を噛み締めていると、頭の上に檜嶋さんの手がポンと乗っかる。
「なんだよ檜嶋さん」
「うーん、『檜嶋さん』ってやっぱり気持ち悪いな。虫酸が走る。呼び捨てでいいや。しょうがない。ありがたく思え」
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