3  皐Side

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「おいおい、お前の大事な弟に手ぇ出そうとした俺に、怒っていかなくていいのかよ?」 体を捻り、ドアのほうを向くと、ドアノブを握りしめたままの薺が居た。 大きな瞳には光が灯っておらず、どこ見ているのが、なにを考えているのか、まったくわからなかった。 無表情。この言い方以外に、この表情を説明出来る言葉が無いように思う。 …………薺? そう口にしたつもりが、声になっていなくて、俺の口からは息が出るだけ。 薺のこんな顔を見るのは初めてだった。 眉をしかめ、なにかまずいことを言ったのかと、自分の言った言葉を頭の中で何度も何度も繰り返す。 「……また、今度な」 その言葉にハッとし、再び薺に視点を合わせるも、薺がこちらを見ることはなく、静かにドアが閉まるのみ。 薺があんな表情を俺に見せたことがあっただろうか。 薺があんな態度を俺に向けることがあっただろうか。 薺の小さくも逞しい背中が、あんなに弱々しくなったことがあっただろうか。 薺の凛としたよく響く声が、あんなにか細くなったことがあっただろうか。 なんだ? なにが起きた? 俺がなにかしたのか? しばらく考えてはみるものの、答えどころか見当もつかない。 『……また、今度な』 今は言わないけれど、いつか必ず言う、という意味だろうか。 待つべき……なんだよな。 追及してはいけない。 そんな気がする。 俺に触れられたくない部分があるように、薺にも触れられたくない部分がある。 人ならば、当然だろう。 薺のことは、一先ず置いて、今は棗のことを考えるんだ。 もう2度と、棗を壊そうだなんて思うな。 リビングと廊下を仕切るドアの硝子部分に自分の顔が映る。 グッと顔を引き締め、ドアを開ける。 そして、ゆっくりと階段を上がった。  
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