2  棗Side

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この本を読んでいるときだけ、俺を現実から引き離してくれる。 うん、やっぱりこれはいい。 物語はクライマックス。 だがそれは俺の現実逃避があと少しで終わってしまうことを示す。 ひたすら文字を目で追い続けると、傍らに置いてあった携帯電話から人気アーティストの歌声。メール受信音が流れる。 ……なんだよ! いいとこなのにっ! 幸せな気分を害された俺は眉間にしわを寄せながら携帯電話を開く。 表示されたのは未登録のアドレス。 誰かアド変したのか? 今見る必要はねぇな。 携帯電話を乱雑に置くと、視線を本に戻し、また、ただひたすら文字を追う。 そして数十分後、結局何回も何回も読み直して、俺は現実に戻ってくる。 うーん……何回読んでもこの感動は廃れない。 俺が読んでいるのは甘々エロエロではなく、どちらかといえば感動的なもの。 BLというと、エロくて、なんか……こう……とにかくイチャイチャするものが多いのだけれど、この本は男同士だからこその苦難や葛藤などを繊細に描いている。 ま、最終的にはイチャついちゃうんだけどね。 そして、俺はこの本では抜かない。 萌えと感動を求めてはいるが、ただそれだけ。 まったく疼かない。 俺、ノーマルですから。 俺はさっき来たメールを思いだし、携帯電話を手に取る。メール受信フォルダを開き、まじまじとアドレスを見つめた。 誰だ? 『薺さんから聞いていると思うが、今日、15時に挨拶に伺う、とご両親に伝えておくように。檜嶋 皐』 ……は? なにも聞いてないし、こんな名前見たことない。 『檜嶋 皐』 名字の読み方がわからず、わかったのは名前が さつき ということだけ。 俺は兄貴に訊こうと携帯電話に番号を打ち込むが、途中で手を止める。 ……あれ、今何時? 携帯電話の画面上方に視線を走らせ、時間を確認する。 14時55分 うぁっ! 来ちゃうじゃん! 兄貴から言われて来てるみたいだし、兄貴の友達だろ? 追い返すわけには行かない! 俺は階段を下り、母さんに知らせようとするが、その前に来客を知らせるチャイムが鳴ってしまう。 そして偶然にも玄関で父さんの靴を磨いていた母さんは、俺が知らせる前に扉を開けてしまった。 「まっ!」 「こんにちは。今日から棗くんの家庭教師をさせて頂きます。檜嶋 皐です」 カイジマ コウ……。 さつきじゃなかったのか。 じゃなくてっ!  
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