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呼び止められると思っていたのだが、どうやら本気で凹んでいるらしい。靴音も声もかからなかった。
「……変なの」
いつもなら躊躇う事なく呼び止めてくるくせに。そういう態度は逆に調子が狂う。
何も変わらなければいいのに、何故こうも回りは変わっていくのか。
その中に取り残されている違和感が夕鶴にはずっと付き纏う。変わらない、変わりたくない。自分はずっと今のままで。
考え事をしていると自然と足は速くなるらしく、恢達が待っている喫茶店に着いた。
しかし一瞬だけ入る事を躊躇してしまう。自分はどうしてしまったのか。らしくない。
一回だけ深呼吸をした後、頬を強く叩いた。広がる痛みが心の迷いを消してくれる。これでもう大丈夫。
いつものような笑顔を浮かべながら、夕鶴は目の前の喫茶店に入っていく。
「あ、夕鶴!」
1番奥に座っていたらしい眞智が大きく手を振る。彼女を見て自然と目が細まった。
人より視る力は強い方である夕鶴の視界は、確かに眞智を取り巻くようにしている炎を捉えていた。
青白い炎。例えるなら、叉玖が使うような狐火に酷く似ているような気がする。
「叉玖」
『ニィ』
彼も頷く。眞智を取り囲んでいるあの炎はやはり狐火らしい。嫌な予感は当たってしまった。
彼女は覚醒してしまいそうな危うい場所にいるのかもしれない。これ以上自分達の側に置くのは危険だ。
夕鶴は一回だけ瞳を閉じる。そして再び目を開けた時には、迷いなんてものは存在しなかった。
突き放さなければいけない。これ以上こっちに来ないように。自分自身が、彼女を拒絶しよう。
心が痛む。眞智はどんな表情をしてしまうのかだけが、夕鶴はとても不安だった。
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