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ふと、眞智が夕鶴の横で鼻を鳴らした。そして眉間に皺を寄せ、真っ直ぐバスから後方を見つめる。
「嫌な臭いがする」
「……嫌な気配もするわ」
夕鶴も彼女と同じような表情をしながら、それでも後ろを振り向く事はしない。
きっと恢も感じているだろうその気配。この中で、猛だけが何も気付いていないようだ。
「振り向くな、気付かないふりをしてろ」
恢が押し殺したような小さな声で言う。自分達の視線が彼に向かうが、全く反応はない。
「あれはこっちには手を出せない。今の間はだけどな」
「バスにですか?」
夕鶴が言うと、恢は一度だけ頷く。意味が分からない。何故このバスに手を出せないというのか。
自分の表情からそれを理解したらしい。恢は相変わらず表情を変える事なく呟く。
「バス自体にって事じゃない。猛の持ってる数珠の問題だ」
視線を猛の首元へ向けてみた。その視線の先にある数珠が、ほんのりと淡く光っている。
「……これは」
目を細める。その光の中に感じられる力は自分のもの。自分の込めた力が、新しい持ち主の猛を守っているらしい。
「姫崎さん、ありがとう」
猛が笑う。つられたように、夕鶴も笑顔になった。その瞬間、自分達の間に叉玖が顔を覗かせて頬を膨らます。
「夕鶴ー、つまんないよー」
「なに、どうしたの?」
すぐにその笑顔は猛ではなく叉玖に向く。それに一瞬だけ猛は顔をしかめたのだが、夕鶴は見ていなかった。
「退屈だよー」
夕鶴の膝の上でばたばたと暴れる叉玖。そんな姿を見て、自分は苦笑しか浮かばない。
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