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崩れ落ちる叉玖の体を夕鶴が支え、頭に恢が帽子を乗せる。帽子が耳を隠した瞬間、回りに全ての音が戻って来た。 「夕鶴、疲れたー」 力の抜けた声を上げながら、彼は自分に縋り付く。しかし、いつもみたいな優しい笑顔を浮かべる気はない。 「……叉玖、自分が何したか分かってる?」 固い声でそう問うと、叉玖は少し怯えたように跳ね上がる。怒られていると理解したらしい。 恐る恐る自分の顔を見上げて、みるみる大きな瞳に涙が溜まっていった。 「泣いたって許さない。私は貴方を危険な目に合わせる為に、『詩詠(うたよみ)』を教えた訳じゃない」 詩詠は力の強い言魂使いしか使う事の出来ない力。言魂は元々言葉に力を宿して使うもの。詩詠はそれの応用だ。 長い言葉に力を宿す為、威力は言魂よりも上だ。しかしその分霊力と気力を使用する、ある意味では両刃の剣。 夕鶴の守護獣である叉玖は言魂を使う事が出来る。しかし詩詠のような高度な力はあまり使えない。 それなのに、彼はあろう事か自分を守る為にその危険な力を使った。 「下手したら使えなかったかもしれない。今回はたまたま成功したけど、失敗したら危なかったのよ!?」 「だって、夕鶴が……」 「私の為に命を懸けないで!」 酷く強い怒鳴り声に、叉玖だけでなく眞智達も目を見開いてこちらを見てくる。 それを気にする余裕もなくて、自分はただ真っすぐ目の前にいる獣を見つめているだけ。 「……お願いだから、もう止めて」 「分かった、やめる。だから夕鶴、泣かないでー」 顔を覗き込んだ叉玖は流れる涙を舌で拭う。ざらざらした、どこか人と違う舌。その温もりを感じて、夕鶴は彼を抱きしめる。 「お願いだから居なくならないで、叉玖」 縋るようなその声は、叉玖の耳にしか届かない。それほど小さな声だった。
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