03

30/42
前へ
/213ページ
次へ
むっとしたが、それ以上何か言うつもりにはならなかった。ため息を付いて鞄から鏡を取り出し、自分の顔を眺める。 頬にはっきりと付いた切り傷。深くはないのですぐに治ると思うが、しばらくは絆創膏を貼っていなければ。 「……わりぃな」 不意に恢が呟いて、夕鶴はそちらを見る。何故、彼がこうやって謝っているのか。 傷を負った原因は自分の不注意なのに。恢が罪悪感を感じる必要なんてどこにもない。 「なんで先輩が謝るんですか」 「お前を守るとか大口叩いてた割に、俺は全然お前を守れてないな」 夕鶴の脇腹にある傷も、恢にとっては罪悪感を抱く対象だろう。もっと早く気付いていれば、という。 だから笑ってやる。彼の不安も罪悪感も、なにもかも。笑い飛ばしてやった。 「馬鹿な人ですね。どれもこれも私が悪いんです。脇腹の傷も、頬や腕の傷も全部」 自分が油断していたから。本来ならこんなに傷付かなくて済んだはずなのに。 だから恢が自分を責める必要なんてない。悲しい顔をせずに笑っていて欲しい。 「……ありがとう」 まだぎこちないが、それでも笑ってくれる。その顔を見ただけで、自分は安心出来る。 恢の笑顔は夕鶴にとって勇気の元だ。自分を守ってくれる人の余裕な笑み。 それを見たら何にだって勝てる気がするから。絶対に勝てるという自信が出て来る。 「先輩はそうでないと。私を守るなら余裕な笑みを浮かべてて下さいね」 「夕鶴ー!」 ふと、遠くから叉玖の声がする。上を見ると、彼らはやっと順番が来たようで。 叉玖が帽子を被っていない事に気付いた夕鶴は、呆れたまま驚いたような微妙な表情を浮かべる。 「叉玖、帽子は?」 「風でびゅーって飛ぶの!だから付けたら駄目ってー!」 微笑ましいその光景に、恢や回りの人が優しく笑っているのが分かる。少し恥ずかしい。
/213ページ

最初のコメントを投稿しよう!

149人が本棚に入れています
本棚に追加