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むっとしたが、それ以上何か言うつもりにはならなかった。ため息を付いて鞄から鏡を取り出し、自分の顔を眺める。
頬にはっきりと付いた切り傷。深くはないのですぐに治ると思うが、しばらくは絆創膏を貼っていなければ。
「……わりぃな」
不意に恢が呟いて、夕鶴はそちらを見る。何故、彼がこうやって謝っているのか。
傷を負った原因は自分の不注意なのに。恢が罪悪感を感じる必要なんてどこにもない。
「なんで先輩が謝るんですか」
「お前を守るとか大口叩いてた割に、俺は全然お前を守れてないな」
夕鶴の脇腹にある傷も、恢にとっては罪悪感を抱く対象だろう。もっと早く気付いていれば、という。
だから笑ってやる。彼の不安も罪悪感も、なにもかも。笑い飛ばしてやった。
「馬鹿な人ですね。どれもこれも私が悪いんです。脇腹の傷も、頬や腕の傷も全部」
自分が油断していたから。本来ならこんなに傷付かなくて済んだはずなのに。
だから恢が自分を責める必要なんてない。悲しい顔をせずに笑っていて欲しい。
「……ありがとう」
まだぎこちないが、それでも笑ってくれる。その顔を見ただけで、自分は安心出来る。
恢の笑顔は夕鶴にとって勇気の元だ。自分を守ってくれる人の余裕な笑み。
それを見たら何にだって勝てる気がするから。絶対に勝てるという自信が出て来る。
「先輩はそうでないと。私を守るなら余裕な笑みを浮かべてて下さいね」
「夕鶴ー!」
ふと、遠くから叉玖の声がする。上を見ると、彼らはやっと順番が来たようで。
叉玖が帽子を被っていない事に気付いた夕鶴は、呆れたまま驚いたような微妙な表情を浮かべる。
「叉玖、帽子は?」
「風でびゅーって飛ぶの!だから付けたら駄目ってー!」
微笑ましいその光景に、恢や回りの人が優しく笑っているのが分かる。少し恥ずかしい。
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