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その掌の温もりがじわじわと広がっていく。何が起きてるのか、夕鶴には分からない。
「せ、先ぱ――」
「話すな」
低く掠れた声。明らかにいつもの恢の声じゃない。もっと、いろいろな感情を混ぜたような声。
「俺はいつもお前を守れてない。腕の傷も頬の傷も、俺はお前の側に居たのに」
彼の視線が脇腹にある傷に移る。情けなく歪むその表情を、自分は今まで見た事がなかった。
「……気にしないでください」
そんな事を考えていると、自然に言葉が零れてくる。せめてこの声が、彼を包み込んでくれるように。
彼の抱えているたくさんの苦痛や不安を自分の言葉で、声で。少しでも軽く出来たらいい。
「貴方のせいじゃない。この傷も脇腹の傷も、私の不注意です。先輩はいつも私を守ってくれる」
「でも、俺は……」
恢の言葉は小さくなって、最後は途切れてしまった。夕鶴が頬に触れている手に手を重ねて、擦り寄ったから。
「姫?」
「貴方は誰がなんと言おうと、私の。私だけの守り人だわ」
あの時、屋上で会った時から。彼は自分の。自分だけの守り人としていつでも側にいてくれた。
守れなかったと悔やんでいるようだが、それだけで十分自分は守られているんだと実感出来る。
だからとびっきりの笑顔を彼に向けると、一瞬目を見開いた恢が頬に両手を添える。
「せ、先輩?」
笑顔が消える。いつもと違う表情をした彼が笑いながら顔を近付けてきて、みるみる頬が赤くなっていく。
そうだ、今は叉玖が居ない。恢と本当に二人きりなんだと思うと、恥ずかしくなってくる。
つい視線を逸らして下を見てしまったら、迫って来た彼の顔が止まった。
「姫、こっち見て」
ずるい。恢は本当にずるい。そんなに低くて甘えるような声で言われたら逆らえない。
姿を捕らえた桃色の瞳に映る彼は、とても嬉しそうに笑っていて。そして再び近付いてきて、唇が触れそうになった。
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