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夕鶴が家に帰った時、猛は不在だった。どこにも姿がない。一瞬だけ酷く胸がざわついたが、すぐに机の上の書き置きを見つけた。
友達と遊びに行く。遅くなっても六時頃には帰るだろう、という内容が書かれている紙。
「メールでいいじゃない」
どこか古風な感じがするが、猛らしいといえばらしい。彼が案外時代劇などを好む性格をしていると知ったのは、つい最近で。
最初に聞いた時は呆れた。が、それでも何が好きかを知れた事が自分には嬉しくて。
預かったばかり猛はつんつんしていて、浮遊霊にさえ怯えるような青年だった。
神隠しに狙われていたから当たり前だが、外出するのを怖がっていつも家に閉じこもる。
それが今ではこうやって元気に遊び回っている事が嬉しい。子供の成長を見守る親はこんな感じなのか。
一人笑っていた夕鶴は、叉玖の威嚇するような低い声を聞いて表情を引き締めた。
「どうしたの?」
『グウゥ!』
真っ直ぐ叉玖が見ているのはベランダ。そこにいる黒い物体に気付いて眉を寄せる。
式神だろうか。微量の霊力が込められているのは分かるが、その漆黒の獣には理性がない。ただの化け物。
鋭い咆哮が響く。それに反応するように、目の前にいる漆黒の獣が耳障りな雄叫びを上げる。
「叉玖!」
真横を凄い早さで擦り抜けた叉玖に声をかけた。ただそれだけで、夕鶴の霊力はあれに注がれる。
言魂使いというのはこういう時に便利だと、しみじみ思う。そんな暢気な事を考えている場合ではないんだと、すぐに気付いたが。
飛び掛かっていた叉玖が吹き飛ばされたからだ。すぐに体制を立て直したが、目の前の獣は多分強い。
注がれている量が少ないのにこれだけ強いと言う事は、霊力の質がいいのか。
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