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そしてまた、はっきり言うのだ。私は行かない、ここにいると。
「もう勝手にしなさい。叉玖、行くわよ」
呆れてしまう。これほど頑固だと知らなかった。これは、何を言っても動かない。
しかし放っておくのは不安で、懐から符を出す。いつも持ち歩いているもので、他より力は強い。
「〈守護せよ〉」
念のため、言魂で少し力を強めておいた。これで、どんな攻撃でも彼らを守ってくれるはず。
彼女達を符が守護した事を確認して、夕鶴は頭を下ろしていた叉玖の額に乗る。
巨大な姿をしているから、彼の額に乗る事も出来る。自分的にはもふもふした首がお気に入りだが。
しかし、今はそんな我が儘を言っている場合ではない。龍は真正面にいる。
「行くわよ、叉玖。怪我しないでね」
咆哮が響く。様子を見ていた龍も咆哮する。何か来ると感じて手を前に出し、高らかに告げた。
「〈我が力は盾。何ものにも破られる事のない、最強の盾になれ〉!」
力が広がって龍を弾き返す。神獣とはいえ、妖怪。霊力で作り上げた結界で防げる。
怒り狂って叫ぶ二匹の龍。しかし、何があったのかいきなりその動きを止めた。
「え?」
何故動きを止めたのか。疑問に思っていたその視界に、信じられない人物が飛び込んでくる。
一匹の頭に人が乗っていた。緑の髪に、柔らかく笑う顔。しかし瞳だけは笑っていない。
「……聖」
不意に浮かぶ獣の言葉。あれはきっと、この事を言いたかったのだろう。今なら分かる。
聖が笑う。見た事のないような歪んだ、とても楽しそうな笑顔で。
「こんばんは夕鶴。ところで、天狗はいないんですか?彼を殺さなくてはいけないんです」
歪んでしまっている。彼の瞳も表情も全て、夕鶴には壊れているもののように感じた。
『神山聖には気をつけろ。あいつは、本当に危険なのだ』
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