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恢は夢の中にいた。夢と言っても自分が見るものではなく、流れている天狗の血が覚えている記憶。
太陽から降り注ぐ光も、吹き抜けていく風も。全てが暖かくて自然豊かなこの森で、天狗は一人の女性に会った。
その日はただ、散歩に出ただけだったのだ。たまたまいつもより遠くに来ただけだったのに。
女性は座って花を愛でていた。その花の名前は知らないけれど。知りたくもないけれど。
その女性の名前だけは、何故か知りたいと感じた。
しかし人前に姿を見せるのはいい事ではないと知っているから、天狗は隠れる事しか出来ない。
あの日から、毎日毎日女性はそこにいた。そして毎日毎日、天狗はその花畑に通うようになっていた。
少し遠くにある木の上から、座って花を愛でる女性を見る毎日。話し掛ける勇気もない。
そんなある日。
『あら』
自分が木に隠れるより早く、女性が気付いた。慌てて隠れる。しかし天狗は妖怪。人には見えないはず。
だが彼女の視線は真っ直ぐ自分に向いている。自分に気付いてくれている。
『ねぇ、貴方は天狗ね?おりてきて話しましょうよ!』
長い髪を風に靡かせ、彼女は綺麗に微笑んだ。少しでも怖がらせないように人の姿をして、木からおりる。
彼女の透き通った桃色の瞳に見られているというだけで、何故かとても恥ずかしい。
『はじめましてよね、天狗さん。どうしていつも隠れていたの?』
『……気付いて、いたのかい?』
それには流石に驚いた。自分の事なんて、気付いていないだろうと思っていたのだから。
女性は笑いながら、答えてくれる事はなかったけれど。とても優しい目をしていた。
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