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「気にすんなって言ったろ。別に俺は気にしてねぇよ」
本当にそうだろうか。恢は嘘を付いているのではないかと疑ってしまう。
だって自分も同じ事を体験した。その経験を気にしなくなるなんて、きっと一生ありえない。
「先輩、嘘って体に悪いですよ」
「そうか?後な、姫。傷を時間は治してくれない。誰かに受け入れられて初めて治るんだよ」
恢の瞳は優しくて、傷付いてるような様子はまるでない。もしかしたら彼はもう、傷を乗り越えたのかもしれない。
「……先輩」
「お前にだっているさ、受け入れてくれる奴は」
眞智だってそうだ。夕鶴を異端だと言って避けたりはしない。だから苦しむ事はないんだと。
走り回る小さな子供達に視線を向けながら、しかし恢はこちらに向けて言葉を紡ぐ。
確かに眞智は今でも自分の事を気味悪がったりしない。あれでどれだけ救われただろう。
「いつか来るさ、お前にも。全く傷が痛まなくなる日が」
今はただ昔についたその傷が痛んでるだけ。痂になればもう痛まない。
昔に付けられた傷を抱えて生きている。抱え続けて、自分はそれを忘れようとしない。
それでは駄目だ。思い出したら傷は開く。忘れなければ傷付いたまま。夕鶴はただ、その傷を忘れる努力をしたらいい。
「そうします。後ろを振り向き続けるの、好きじゃないし」
もう忘れよう。忘れて、新しく踏み出すんだ。どれだけ人に怖がられても、嫌がられても。自分は一人にならない。
どれだけ異端と呼ばれようが、蔑まれようが。夕鶴にはずっと眞智と恢が居てくれる。
「それじゃ、な」
いつの間にかマンションの前まで来ていたらしい。彼が立ち止まってやっと気付く。
「先輩、ありがとうございました!」
勢いよく頭を下げると、恢は苦笑をしながら手を振ってくれた。
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