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「でも、いいきっかけだったんじゃない?立ち退きに当たらなかったら、ずーっとあの部屋で暮らしてたでしょ」
『うん、まぁね……』
「住むとこ探す人は大変だろうけどね~。いきなり土地開発だ、退けてくれ、なんて言われても困るのなんのって」
『ほんとだよね……。でも補償金も降りたし、なんだかんだラッキーだったかな』
「だわね~。そんで1DKから高層マンションに変わり、ひとり優雅に暮らせるだなんてっ」
『も~~優雅なわけないじゃん。こんなだだっ広い家、寂しいし大変なだけだよ』
「でもさぁ、家賃はないし、管理費もじいちゃん持ちでしょー?ああ、私の親も不動産だったらな~~」
『あはは、それは確かにありがたく思ってます』
この幸せ者め。思わずそう言いかけて、沙耶は口をつぐんだ。
両親を亡くし苦労をしてきた花音を、誰が幸せと呼べるだろうか。
「……そっか。つかさ、そんな広いんだし一緒に住めばよかったんじゃん?じいちゃんばあちゃんの家は、売るかなんかしてさ?」
『そりゃ何回も説得したよ~。二人とも年だし、どうせなら3人で住み直したいって。でもぜんぜんダメ。聞く耳もたず』
「へぇ?なに?やっぱり自分たちの家は出たくないって?」
『それがね……そうじゃなくて。自分たちがいたら、花音の結婚の邪魔になるから、だって。笑っちゃうよね。結婚なんて、するわけないのに。』
「あー……。まぁ、そう決めつけないでさ?まずは合コンでも……」
『いい。しない。』
沙耶の必死の励ましも、今の花音には無意味のようだった。
電話を切った沙耶の胸に一抹の不安がよぎる。
確かに、あんなことがあったら誰だってそうなるだろう。
やっと日常生活が送れるようになった彼女を見れるだけでも、十分喜ばしいことだ。
分かってはいる。
でも……。
いつまでも出会いを真っ向から拒む姿を見ると、なんともいえない悔しさに襲われることもまた、事実だった。
早く花音を救ってくれる王子様が現れればいいのに。
沙耶はそう願わずにはいられなかった――……
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