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中2の春。新しいクラスで、新しい机。その前には大きな大きな背中があった。
「黒板、見えねえ」
俺がつぶやいた言葉に、大きな背中の男は振り返って困ったように笑ってたっけ。
「先生にいって、代わってもらおうか」
いや、いい。俺が見えない分、あとでノート見せてくれれば。
そんな会話を春日はずっと忠実に覚えていて、それ以来俺のノートは
まっ白になった。テスト前になると、俺はせっせと春日のノートから書き写した。
あれはとにかく暑い夏の日だったか。
休み時間にいつものようにみんなでプロレスごっこをしていて、
ボディコンタクトをするとテンションが数倍アップする春日は
誰よりも激しく、楽しそうに、なかば本気でからみあっていた。
休憩時間の後の授業は、数学だった。俺の苦手な科目だから、最初っからやる気ゼロでだらだらと教科書にいたずら書きをしていた。
ふと前を見ると、春日がしこしこと黒板に書かれた数式をノートに書き取っている。
うつむきがちになると、春日の背中が汗でシャツにぴったりとはりついて
白い布地に浮き彫りになった。
隆々と浮き上がった硬質な背中。
半袖から伸びるのは、浅黒い、瑞々しい、まるで鋼のように鈍く光る腕。
ずきん。
初めての感覚だった。
いや、正確にいえばそれまでも何度かあったかもしれない。
下腹部のほうがうずくような衝動。
でも、男に対してそんな気持ちになったことはなかった。
その衝動の名前は知らなかったけれど、人に笑って話せるような
太陽の下で堂々と言えるような、そういう事じゃないってことだけはわかっていた。
どくんどくんどくん。ジージージー。
先生の声なんて全然聞こえなくなって、その瞬間俺に聞こえてたのはうるさいくらいの自分の鼓動と、蝉の声だった。そう、あれは暑い夏の日だったんだ。
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