419人が本棚に入れています
本棚に追加
散々殴られても、俺を無理矢理押し倒したっていう
引け目があるから
「無かったことにしよう」なんて言い捨てて先輩は出てった。
へなへなと座りこんだ俺の横に
まだ息が荒いままの春日が腰掛ける。
はぁ、はぁ、と肩を動かしながら、うつむいたまんま。
「・・・何された」
「え、いや・・・別に、なんつぅか」
「何された」
「何って、その」
「何、された」
三度目の台詞があんまり低くて切なくて
俺は思わず春日を振りかえった。
春日も、俺を見つめてた。
キスされただけ、だよ。
いい終わらないうちに、春日は俺の後頭部を右手で
乱暴につかんで、荒々しく引き寄せた。
強引な動きとは裏腹に、唇をふさぐ動作は
ひどく優しくて、切なくなった。
確かめるように、証拠をつけるように、
何度も何度も口付けてからこう言ったんだ。
「若林の唇は、俺しか知らなくていい」
不器用な春日の、あいつなりの自己主張だった。
・・・・・・
そっか、あのときの、あいつの目だ。
手すりに背中をゴリゴリと押し付けられながら、
唇をふさがれて、なんとか盗み見た春日の目は。
悔しくて、むかついて、悲しくて、
嫉妬に濡れた春日の目だった。
俺が他のやつと、漫才をしたのがいやだったという。
その漫才が、面白かったのもいやだったんだという。
自分だってコントじゃなく漫才やったくせにね。
勝手な男ですよ、ほんとに。
・・・・・・
「叩かれたの、大丈夫でした?
緊張すると、若林は叩くのが強くなるから」
収録中、その日だけの俺の相方である石田君に向けられた春日の
コメントは、ちょっとスベった。
いや、かなり滑った。
でも、あれはこのポンコツなりの自己主張だったんだろう。
俺のツッコミは、
自分しか知らなくていいという、自己主張だったんだろう。
だってあいつは、本当に不器用だから。
ま、あいつが不器用だってことは、俺しか知らなくていいことなんだけど、ね。
最初のコメントを投稿しよう!