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 年号が大正から昭和に変わってしばらく経った頃だった。  峠を幾つも越えた秘境に近い山奥、朝来村唯一の商店街、ウエスタン横丁はかなりの規模だがさっぱり人通りはなかった。  以前は綺麗に整地されていたであろうがすっかり荒れ果て、土埃を舞いあげている。  魚屋、魚正の店主、魚田釣吉は豊満というかメタボというか、肉感のある腹を揺らしながら大きなアクビを一つ。ついでに愚痴も溢れる。 「客がこないなまったく。奴等がウヨウヨ集まるようになって、いいことなんか何にもない」  遠くから影が一つ近づいてきた。男か。土埃で影しか見えない。やがてゆっくりと姿が見える。  一見すると彫りが深く色が白い西洋人、年は少年と青年の間くらいか。朝来村には珍しい青い瞳。  手には鎖を持ち、その先は棺桶と繋がっている。 「おっさん、ちょっと伺いたいんだけどさ。この付近に人が集まって情報を集められそうな酒場ってある?」  釣吉は英語を喋ろうと、知っている英単語を必死で並べた。 「マ、マ、マイネームイズ、ツリキチウオタ。アイワズボーンインダ、アセクビレッジ」 「そうかそうか、おっさん魚田釣吉って名前で朝来村生まれか。でさ、人が集まりそうな酒場の場所教えてくんない?」 「イ、イ、イズデ、デ、デスア、マ、マ、マ、マイコーズペンシル?イェス、ヒーズペンシル」 「おっさんおっさん、ペンの話なんざしてねえだろ。変な英語使わずに日本語で話せよ。俺、外見は西洋育ちだけど、実はハーフで日本育ちなんだぜ」 「なんだ日本語通じるのか。ややこしい顔するな」 「ややこしくて悪かったな。おっさん酒場の場所教えろよ」 「酒場に行って何を知りたいんだ?あそこでお宝の話を聞き出そうとしても無駄だぞ」 「お宝ってなんだ?」 「あんた、盗賊か窃盗団か詐欺師の仲間じゃないのか?」
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