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 巨大な男だった。マカロニ酒場の開き戸を屈んでくぐり、その男は現れた。短髪、髭面、妖力が辺りに漂う。 「俺の脳味噌にどんな用があるってんだ?煮て食う気か?」「記憶野の海馬から、埋蔵金地図データを引き出す」といってから湯乃川は「もちろんデータを引き出した後は、キチンと脳を元の位置に戻す」と付け加えた。 「脳の位置が元通りになるとして、んなことしたら俺はどうなんだ?」 「割に細かい男だな君は。ちょっと神経質なんじゃないか?それじゃあ女にモテんよパンク君」 「誰が脳を貸すかよバカ」 「君の承諾は得れないと折り込み済みだ。こういうのは南方鹿楠博士が得意でね。事後承諾なんて君、最先端の研究では日常茶飯事だよ」  大男が両腕を広げ叫ぶかのように口を大きく開いた。声は聞こえないが振動波が辺りに広がる。  白濁した粘液が大量に口から溢れてきて地面に、ぼとりぼとりと音を鳴らして落ちる。 「なんだそりゃ?気持ち悪いもんを吐きやがるな。そいつ、悪い病気を持ってんじゃねえの」  粘液はまるで生命体のように一ヶ所に集まり、細長く葦のように上へ上へと延びていき、人の背丈ほどになった。 「博士の専門は粘菌類でね。生物と植物の、両方の性質を持つ珍しい生き物でね、博士は腹の中で飼い慣らしてるんだ」 「んなもん俺に見せてどうすんだ?サーカスとか見世物小屋とか、お化け屋敷なんかが似合いそうだな」 「これは特別な粘菌でね。博士の、長年の研究と研鑽の賜物だよ。こういう変態をする粘菌なんて、君は初めて見るだろ?」  博士の口からとめどなく粘液が溢れ、葦が何本も立った。 「本当マジ気持ち悪いから、それ止めてくんねえか。二週間分くらいの食欲がなくなっちまうぜ」 「君は時間稼ぎに気がつかないのかね」  湯乃川が笑った。陰湿な、企みのある陰った笑い。  葦のような粘菌が軋むように縮まり先が膨らむ。そして、弾けた。  小豆色の種みたいなのが、 【超ハイスピート】  大量に飛び出してくる。パンクは屈みその粘菌を避けた。頭の上を通過、するはずが粘菌は直角に折れる。屈みながら右に回り込むが、また粘菌は直角に折れてパンクを追跡する。パンクは立ち上がりマカロニ酒場の通り向かいにある、宿屋裏手の勝手口の戸まで駆けた。木製の引き戸を剥がそうとしたが剥がせず、外に立て掛けてある藁のホウキを持ち次々と粘菌を払う。ねっとりとした感触が手に伝わる。
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