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執務室に迎え入れたときから、様子はおかしかった。
不自然に口数が少なく、目もあわせてくれない。
彼のための紅茶の仕度を整える間も、ソファーでクッションを抱え込んで妙に大人しい。
いつもなら饒舌にあれこれ話して聞かせてくれる彼が黙り込んでしまうなど、私でなくても違和感を感じるはず。
「……なぜ不機嫌なのだ、成歩堂」
せっかく2人になれたというのに、ソファーから投げかけられる視線は見つめるを飛び越えて睨み据えるの域。
わたあめのように甘い時間など望むべくもないが、せめて愛しい人には笑っていて欲しいもの。
「別に……」
らしくなくはっきりとしない物言いが、明らかに不貞腐れた彼の様子を物語る。
「異議あり」
失態を演じたつもりはないが、下手に彼を刺激せぬように、なるだけ穏やかな声を出す。
艶やかな黒い瞳と視線がかち合うが、物言いたげな眼差しは慌てたように宙をさ迷い、逃げていってしまった。
どうやら、胸の内を明かしてくれる気にはなってくれなかったようだ。
「機嫌は悪くないと主張するのならそれでも構わないが、証拠の提出を要求させていただきたい」
目の前でこんなにも愛らしく拗ねる様子を見せ付けられているのに、会話すらままならないというのは、相当な苦行である。
その上時間は有限なのだ。
あまりのんびりしていては、彼を慕う少女たちの元に愛しい人を返さなければならない刻限が、瞬く間に訪れてしまう。
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