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「あの、私、今、名刺を持ち合わせていなくて…。頂くだけでは、申し訳ありません」
「いえ、僕は大丈夫です。山村未来さんですよね。僕が出向くことも出来たのに、いらして頂いて、こちらこそ申し訳ない気持ちなんです」
そういうと、彼女は戸惑いを隠すように、名刺を受け取った。
「私、そろそろ失礼します」
彼女はそそくさと席を立とうと、隣にかけてあったジャケットを手にした。彼女の華奢な腕についていた似合わない厳つい腕時計が、3時を指していた。
江崎は一瞬で帰したくないと、悟った。
駄目でもともとだと思った。
「お仕事終わったあと、電話下さい。僕もお礼がしたいので」
江崎が振り絞った一粒の勇気に、彼女は笑顔を返すだけで、店を出て行った。
それから、彼女のことを考えた。
喫茶店の時計の針はもう4時を指していた。我に返った江崎。
伝票を探すと、もう支払いは済まされた後だった。
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