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「ここです」
ホテルから狭い路地を5分くらい歩くと、『月の涙』という看板がひとつ立っていた。階段を降りると、扉があった。店に入ると、個室付きのバーのようだった。
入るとすぐに、右手のカウンターに長髪の男が立っていた。店主であろうということは、江崎にもすぐに分かった。
「お。未来!男連れ?」
未来にとってこの店は商談や取引先とも使う、いつもの店だった。仕事で使う時はいつも予約を入れる。
「マスター、やめてよ。お友達なんだから」
未来は店主と笑っていた。江崎は、借りてきた猫のように大人しく、話が終わるのを待った。でも、居心地は悪くなかった。ここは、なぜか落ち着く雰囲気の店だ。
「個室あいてるよ、未来専用の」
笑っていた店主は店員に目配せをして、店員が案内してくれた。
先を行く店員は未来に話しかけた。
「未来さん、お久しぶりですね。もう来て頂けないのかと思いました。」
個室に着くと、お連れ様もいらっしゃいませ、と言って店員は居なくなった。
「すいません。ここしか思い当たらなくて…。ご気分悪くさせてしまいましたね」
そう言うと、未来は江崎にメニューを手渡した。
メニューは手書きで書かれていた。たぶん、店主の字であろうことは、この店の雰囲気で分かる。
「いえ。大丈夫です。いつもいらしてるんですね。とてもいい雰囲気のお店で。」
未来は笑顔だった。その顔の横で揺れるピアスが青く光っていた。照明に照らされ未来の顔に見入ってしまっていた。
「何かついてます?」
未来は顔をしかめた。頬を触る指のマニキュアや、潤んだ目元につい目を奪われてしまう。
「何か飲みたいものありますか?」
「じゃぁ、とりあえず、生で」
そう言ってすぐに店員が来た。
注文を済ませると、少しの沈黙が訪れた。脱いだジャケットを壁に掛ける未来。
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