0人が本棚に入れています
本棚に追加
「こじゃれたお店だったらどうしようって考えてました。」
江崎は苦笑いしている。
「私もあんまり堅苦しいところって好きじゃないんです。ここ、居酒屋なのに、ご飯がすごく美味しいんです。言えば、メニューに無くても、作ってくれたりするんですよ」
わらってメニューを見せる未来に、江崎はしばらく見とれてしまう。
「何かおかしいですか?私」
そう言って、自分の身体を確かめようとする未来を見て、江崎は動きが小動物みたいだなと思う。
「いや、ピアスがきれいだなと思って」
見とれていたことを悟られまいとした江崎はとっさに言った。
「ありがとうございます…でも、これもらい物で」
憂いを帯びた表情に、少し胸が苦しくなった江崎は、メニューに目を移した。動揺を知られないように、江崎は未来にメニューを見せ、
「これ、旨いですか」
そう聞くと、覗き込んだ未来の香水が淡く漂った。未来の雰囲気に似合う香りだった。
「美味しいですよ、マスター特製の石焼ビビンバです」
その時、部屋のドアがノックされ、飲み物が運ばれてきた。
未来の前に出されたのは、長細いグラスで、ハワイアンブルーに真っ赤なチェリーが浮かんでいるカクテルだった。
「未来スペシャルです」
店員は笑いながら、江崎の前にもビールを置いた。
「そのセンスない名前、どうにかしてって、マスターに言っておいて」
店員に笑いながら話しかける未来は、昼間会った時の女性ではなく少女のようだった。
「分かりました。お食事はおきまりですか」
店員は未来ではなく、江崎に向き直り、聞いてきた。
「俺、よく分かんなくて…適当に頼んでもらえますか」
そう言って未来を見ると、笑顔で「分かりました」と言い、店員に注文してくれた。
注文の間に何か話を挟みながら、笑っている。江崎はこのとき初めて、一目惚れをした、と感じていた。
「江崎さん、嫌いなものとか食べられないもの、ありますか」そう聞いてくれた未来は、座っていても背筋が伸びている。
江崎も背筋を伸ばしてみた。だめだ、やっぱり疲れる。伸ばした背筋はすぐに元通りになってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!