悪あがき

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 翌日。母が置き忘れていった台所用ゴム手袋を装着し、ボタンを洗剤で洗って自分の指紋を消した。食器の洗いカゴに並べてからゴム手袋を外す。  続いて、早朝から開店している近くのワークマンショップに行き、ありふれた布手袋十枚入を購入。  目立たないダークグレーのスーツに袖を通し、父が愛用していた紳士帽――正しい名称は知らない、ただどう見ても時代遅れとしか言いようがない代物。法事の後、何故か母が持ってきていた――を目深に被る。  そして、買ってきた手袋を用心しながら着け、件のボタンと小銭をいくらか、ポケットに収めて家を出た。  駅に向かえば通勤ラッシュで、自分と同じような姿をした老紳士もちらほらいて、少々ホッとする。  もみくちゃになりながらも電車に乗り――手元が他の客から全く見えないのを良いことに、素早く自分のポケットからボタンを探りだして隣のサラリーマンのポケットに移した。  見た目若そうな彼は勿論、周りの客も全く気付かなかったし、何か言われることも無かった。  あと、三つ。
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